保護された高層湿原 · ジュラ州
グリュエール池(Étang de la Gruère)
17世紀に水車小屋のために掘られた池。現在はフランシュ・モンターニュの保護された高層湿原に囲まれている。
グリュエール池は天然の湖ではない。17世紀に、セニュレジエ(Saignelégier)の町域で、穀物を挽く水車を回すために掘られたものである。長さおよそ五百メートル、幅およそ六十メートル、深さは四メートル半を超えず、標高は998メートルにある。池を取り巻くものは、池そのものよりはるかに古い。56ヘクタールの高層湿原であり、泥炭は一万二千年のあいだに九メートルの厚さまで堆積し、1943年まで燃料として掘り出されていた。
保護区は現在120ヘクタールを超え、自然と景観の保護に関する五つの連邦目録に記載されている。プロ・ナトゥーラ(Pro Natura)がジュラ州とともに管理に携わる。湿原をつくるミズゴケのかたわらには、スイスでは稀な種が生育しており、プロ・ナトゥーラはそれらがシベリアのツンドラと近縁であることを指摘している。一方、カワカマス、パーチ、コイ、テンチは人の手で放たれたものである。整備された小道が池を一周している。
この場所が特別な理由
対比がひとつの場所に収まっている。三百年前の人工の溜池が、一万二千年を数える泥炭湿原のただなかに置かれ、その九メートルの泥炭がこの地域の気候を記録している。
歴史と成り立ち
17世紀に穀物用の水車を回すために掘られた人工の池。周囲の高層湿原は約一万二千年をかけて形成され、泥炭の厚さは九メートルに達する。ここでは1943年まで泥炭が燃料として採取された。この地は保護されており——ジュラ州によれば1943年から、ウィキペディアによれば1980年2月5日の政令による——五つの連邦目録の対象となっている。保護区は120ヘクタールを超え、うち56ヘクタールが高層湿原である。
見どころと過ごし方
- 17世紀に穀物用の水車を動かすために掘られた池を一周する、整備された遊歩道をたどる。
- 一万二千年かけて泥炭が九メートルの厚さに堆積した、周囲の高層湿原を観察する。
- Pro Natura(プロ・ナトゥーラ)がシベリアのツンドラになぞらえる、ミズゴケ類や希少種を見つける。
家族で訪れる際に知っておくこと
- 高層湿原は繊細である。踏み荒らしが植生を破壊するため、泥炭湿原に立ち入らず整備された遊歩道にとどまること(Pro Natura)。
カップルで楽しむ
- 17世紀に人の手で掘られた水域と、一万二千年の歴史を持つ泥炭湿原の間を、整備された遊歩道で池を一周する。
- 標高998メートルの湖岸から、深さ四メートル半を超えない池の水面を眺める。
- Pro Naturaがシベリアのツンドラと結びつけるミズゴケの種類を二人で探す。
高層湿原はもろい。整備された小道から外れず、泥炭湿原に立ち入らないこと。踏みつけは植生を破壊する(Pro Natura、2026年8月6日閲覧)。
保護区内で植物や果実を採取することは禁じられている(ジュラ共和国・州、2026年8月6日閲覧)。
植物や果実の採取はここでは禁止されている(ジュラ共和国・州)。
所在地
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