シトー会修道院 · フリブール州
Abbaye d'Hauterive
1138年2月25日に献堂、1848年に廃止、1939年に再入植。1150年から1160年に建てられた塔をもたない教会は2021年から2025年の修復を終え、2025年9月4日に再開した。

コレクション
80 加盟地 · AG, AI, AR, BE, BL, BS, FR, GE, GL, GR, JU, LU, NE, NW, OW, SG, SH, SO, SZ, TG, TI, UR, VD, VS, ZG, ZH
選定基準:コーパスデータに基づき、スイス政府観光局発行「最も美しい50の場所」に掲載されている場所です。
シトー会修道院 · フリブール州
1138年2月25日に献堂、1848年に廃止、1939年に再入植。1150年から1160年に建てられた塔をもたない教会は2021年から2025年の修復を終え、2025年9月4日に再開した。
旧修道院 · ルツェルン州
1700年から1707年の聖歌隊席はスコットランドまで売られたのち、1911年に買い戻されて元の場所に戻された。1873年以来、旧修道院は州立の精神医療施設に使われている。
Weinlandの町 · チューリッヒ
1248年に記録されたアンデルフィンゲンは、トゥール川の数少ない渡河点のひとつを押さえていた。関所があり、橋は1324年にすでに拡幅され、1799年に破壊されて1814-1815年に木造で架け直された。町には1780-1782年の城と1697年の旧書記局が残る。
村 · アッペンツェル・インナーローデン準州
アッペンツェル前アルプスの麓にある人口5778人の集落。1071年に記録された地名は「修道院長の庵」を意味する。広場では今も市民が挙手で採決する。
歴史的水車小屋 · チューリヒ州シュタリコン
おそらく9世紀に建てられ、1328年には記録が残るAumüliの水車小屋は、アッフォルテルン地方で唯一、水利権と水車、製材設備を保つ石造りの水車である。1993年に文化財指定を受け、2012年末にはISOSに登録され、2007年以降再びスペルト小麦を挽いている。
ワインの村 · ヌーシャテル州
1011年に初めて記録されたAuvernierは、漁とぶどうで生きてきた。1559年の城は今も丸天井の蔵を保ち、1888年には州の葡萄栽培学校が置かれ、1974年からは法がぶどう畑の区画を守っている。
湖畔、ノーベルの工場、国歌
ウルナー湖の西岸、バウエンシュテック山群の麓に位置し、無花果やヤシが育つ温暖な気候は、隣接するイスレテンの産業史と対照をなす。そこではノーベルが2003年までダイナマイト、後に爆薬用ゼラチンを生産した。
参事会の町 · ルツェルン州
市の立つFleckenと参事会員のStift、二つの核が標高642メートルに並ぶ。1470年11月10日、Helias Helyeがスイス最初の年記のある印刷本をここで仕上げた。町に今の名を与えた放送送信所は2008年に沈黙した。
エメンタールの町 · ベルン州
城は町を見下ろす岩尾根を押さえ、その名は1084年にすでに現れる。1273年の「黄金の特許状」が都市法を文字に定め、五世紀にわたり効力をもった。1899年、トゥーンへの路線がこの町を電気運転の実験場にした。
小都市 · アールガウ州
旧市街はロイス川の湾曲部を占め、屋根付きの木橋が今も川を渡る。四つの大きな市が一年を刻む。復活祭と聖霊降臨祭の市は750年を超え、1995年に始まったクリスマス市は300を超える露店を並べる。
国境の村 · ヴァル・ブレガリア
グラウビュンデン側ブレガリアで最も標高の低い村カスタゼーニャは、1374年に初めて記録された。その遺産は1862〜1864年建造のガルバルド邸(ゴットフリート・ゼンパー設計)と、2004年にミラー&マランタが手がけたロッコロ塔を中心とし、かつて欧州最大とされた栗林を見下ろす。
流れ込み式発電所 · ライン川
落差12メートルの下で働く四基のカプラン水車、貨物船のための二つの閘門、そしてその上を通る歩行者と自転車の道。2006年から2015年のあいだ、年平均570 GWhを送り出した。
モダニズム住宅団地 · ジュネーヴ州
ヴェルニエの旧農地に1962年から1971年にかけて建設され、2,780戸の両面採光住戸と、うち一棟が91メートルに達する二つのタワーを、敷地のわずか8%の建築面積に収めている。
車道の峠 · ヴァレー州
道路は標高2,006メートルで峠を越える。地理上の鞍部よりわずかに高い。ナポレオンの布告により1801年から1805年にかけて開かれ、ブリークからオッソラ谷へ、ローヌ側からポー側へと通じる。
シトー会修道院 · ツーク州
伝承では1231年の創建とされるが、創建証書は現存しない。1528年の宗教改革を経て、1552年に院長Anna von Fulachのもとで再興された。2021年からは民法上の財団となり、今も修道女が暮らしている。
ワインの村 · ジュネーブ
ジュネーブ州最大の城館は、銀行家ジャン・ヴァスロによって1723年に再建され、村の中心を占める。1978年にはその保存がヴァッカー賞で讃えられ、2021年からは「スイスの最も美しい村」協会の一員である。
ライン川の小都市 · トゥールガウ州
1178年にキーブルク伯によって都市に昇格したDiessenhofenは、中世の街区、黄道十二宮の文字盤をもつ印章塔、そしてライン川を越えてドイツへ渡る屋根付き木橋を今に伝える。
ライン川のワインの町 · チューリヒ州
ライン川北岸で、Eglisauはブドウ畑の斜面の下、水際すれすれに家並みを連ねる。1916年から1920年にかけて築かれた堰は川面を8.5メートル上げ、古い橋も岸辺の家々も持ち去った。
歴史あるユダヤ人自治体・アールガウ州
カトリック教会も改革派教会もないこの村で唯一の宗教建築はシナゴーグで、1764年に建てられ、1802年9月12日の迫害の後、1852年に再建された。1999年に連邦大統領を務めたルート・ドライフスは1940年にここで生まれた。
かつての工業村 · グラールス州
人口2684人、1889〜1890年に建てられた宮殿のようなゲマインデハウス、チョコレートメーカーのレーデラッハ。2011年以来グラールスと合併したエネンダは、まず石板机の交易、続いて繊維産業によって支えられてきた。
ゴシック壁画とアーミッシュの故郷
宗教改革期(1527/28年)に白漆喰で覆われたことで、教会のゴシック壁画は1931~32年の修復まで保存された。1812年にヨハネス・シュテリが製作したオルガンも、このベルン州の遺産を今に伝えている。
湖畔の村 · トゥールガウ州
724年のライヒェナウ修道院創設文書にすでに名が見える村。木組みの家が水際に並ぶ。謝肉祭グロッペンファスナハトは復活祭の3週間前、レターレの日曜に行われる。
ゴムスの村 · ヴァレー州
広場を囲む家々には1511年から1762年までの年号が刻まれ、教会の内陣は1518年に完成、1576年のテレンハウスの壁面には1578年に描かれたヴィルヘルム・テルの場面がある。
巡礼の村 · オプヴァルデン州
ニクラウス・フォン・フリューエ(1417-1487)は1467年にRanftへ退いた。上の礼拝堂は1469年に献堂され、下の礼拝堂は1501年に建てられた。1947年5月15日、教皇ピウス12世のもとで列聖され、村名も彼にちなむ。1966年までこの村はFlüeliとのみ呼ばれていた。
ティチーノの村 · レヴェンティーナ
川はここで島を抱き、中世の二本の橋がそこへ渡る。村を離れた場所には、Peter Märkliが建てた美術館La Congiuntaがあり、収められているのはHans Josephsohnが1950年から1991年にかけて制作したレリーフと彫刻だけである。
建築 · ゾロトゥルン州ドルナハ
木造の初代は1923年の大晦日の夜に焼失した。二代目は1925年から1928年にかけて建てられ、鉄筋コンクリートによる最初の記念碑的建築となった。その大ホールが落成したのは1998年である。
石灰岩の峡谷 · ビール/ビエンヌ、ベルン州
1889年、ここに歩道が整備された。峡谷は1927年から部分的に自然保護区となっている。1532年から記録に残るタウベンロッホという名前は、複数の説が競合しながらも由来がなお定かでない。
隠者の谷 · ゾロトゥルン
18世紀末、フランスの外交官ルイ・オーギュスト・ル・トヌリエ・ド・ブルトゥイユによってロマン主義様式の風景庭園に整えられた聖ヴェレーナ峡谷は、スイス連邦の保護対象地区目録(ISOS)に登録されており、その隠修所はスイスのA級国家重要文化財である。
ゼーライン沿いの町 · トゥールガウ州
1251年、司教エーベルハルト・フォン・ヴァルトブルクがこの町を要塞化した。城は牢としても使われ、1415年のコンスタンツ公会議のさなか、ヤン・フスと対立教皇ヨハネス23世が閉じ込められた。
テラスハウス群・ベルン州
78戸の住居と5つのアトリエが3列の階段状に並び、コンクリート打放しの外観、壁で仕切られた庭を持つ。Atelier 5設計のハーレン住宅地は国家的に重要な文化財に指定されている。
ワインの村 · シャフハウゼン州
ライン川の北、標高およそ421メートル、シャフハウゼンから十五キロほどの位置にあるハラウは、13世紀から葡萄で生きてきた。百科事典的な資料は、東スイス最大のワインの村と呼ぶ。
村 · アッペンツェル・アウサーローデン準州
標高400メートルから790メートルにわたって広がる人口4383人の集落。1848年以来の湯治地で、ラック式鉄道が湖畔と結ぶ。アンリ・デュナンは晩年の十八年をここで過ごした。
山村 · ザンクト・ガレン州
1526年から両宗派併存となり、Hembergでは二世紀半にわたりカトリックとプロテスタントが同じ建物で礼拝した。教会が別々に建つのは1779年と1782年である。標高は709メートルから1,139メートルに及ぶ。
中世の町 · ジュネーヴ州
フォシニー領主が築いた中世の新市街。エルマンスは環状城壁、1337-1338年ごろに建てられた円塔、159の係留区画をもつ港を残す。1816年のトリノ条約までサヴォワ領で、面積は1.44平方キロメートル。
植物園の島 · ティチーノ
大きいサン・パンクラツィオ島には亜熱帯植物の庭園があり、船で渡れる。小さいサンタポリナーレ島は閉ざされ、ロマネスク教会の廃墟を守る。1949年、ティチーノ州と五者が共同で買い取った。
湖畔の村・ニトヴァルデン州
標高483メートルのこの村は独自の郵便番号(6365)を持ち、1950年代には湖畔にバウムガルテン、ゼーブリック、ヴィルヘルム・テルといった複数のホテルがあったことが、ETHチューリッヒ図書館の航空写真によって記録されている。
歴史ある地区・オプヴァルデン州
1534年にはすでに記録されているある水車小屋は、今もレストランとしてこの地に残っている。ウルリヒ・フォン・レンツブルク伯爵はザルネン教会と「下方の農場(Unterer Hof)」に対する権利をベロミュンスター修道院に譲渡しており、その農場の名がのちにこの地区の名前になった。
時計の街 · ヌーシャテル
標高およそ1000メートル、地表を流れる水のない谷に、日当たりのよい斜面いっぱいに街路が直交する。2009年の登録が讃えるのは建造物ではなく図面——工房と住まいが同じ建物を分け合った街の図面である。
ビルス川沿いの町 · バーゼルラント
1974年に新設のジュラ州への加盟を拒否した後、ラウフェンは1994年にバーゼルラント州への編入を選んだ。目抜き通りは上門と下門で閉じられ、1698年から建設された聖カタリナ教会が並ぶ。
ジュー湖畔の集落 · ヴォー州
かつてChamp du Portと呼ばれ、ジュー湖畔修道院に属していたこの土地は、17世紀にLe LieuとLe Chenitが架けた橋によって集落名を得た。19世紀末、鉄道がフランスの家族を呼び込み、1900年から1901年にかけて大ホテル(Grand Hôtel)が建てられた。
グリュイエールの村 · フリブール州
1115年から記録に現れるLessocがGrandvillardの教区から分かれたのは1643年のこと。教会も1796年の八角形の泉も、土地で採れる灰白色に緑の脈が走る石灰岩、すなわちLessocの「大理石」で築かれている。
中世の町 · オーバーヴァリス
515年に記録されたロイク(Loèche/Leuk)は、司教の城、ゴシックの教会、納骨堂を今に伝える。面積55.36平方キロメートルの市域はローヌ川の両岸にまたがり、Fingesの松林とIllgrabenの扇状地を含む。
集落と廃墟 · ジュラ州
レーヴェンブルク集落は、プレーニュ自治体で唯一ドイツ語を話す地区であり、10世紀の城跡と16世紀の要塞化農場を併せ持つ。1956年以降、バーゼルのクリストフ・メリアン財団がこれを修復している。
ワインの村 · グラウビュンデン州
村の中心部と、主翼が16世紀にさかのぼるボートマー城は、国家的重要文化財である。1469年建立のゴシック様式の教会は1773年にロココ様式の漆喰装飾を得た。市庁舎は1685年の議事室を今に伝える。
村 · ティチーノ州
852年にはすでに記録に現れるMerideは、長らく漆喰職人や画家が北ヨーロッパへ出稼ぎに出ることで暮らしを立てた。村域はモンテ・サン・ジョルジョの頂まで及び、この山は2003年から化石によって世界遺産である。
ティチーノ州 · ルガーノ湖
モルコーテはルガーノ湖の岸に沿って延び、対岸はイタリアである。屋根の上方にサンタ・マリア・デル・サッソ教会が建ち、その間を404段の階段と1750年の墓地がつなぐ。
計画された小都市 · シャフハウゼン州
破壊されたのち一度に建て直され、四本の平行する通りからなる長方形を保ってきた。長くコンスタンツ司教のもとにあり、1525年に8,500グルデンでシャフハウゼンに売られた。
ヴァルザー集落 · グラウビュンデン州
Obermuttenは2017年からトゥージスの一部となり、ムットナーホルンの斜面、標高1864メートルに位置する。1946年の火災では17軒の家屋が焼失した。2011年には思いがけずSNSで話題となった。
ISOS登録集落・ティチーノ州
アーニョとベリンツォーナを結ぶ旧ラバ道沿い、モンテ・タマロの麓に、この集落は石造りまたは漆喰仕上げの民家を二列に連ね、最も古いものは17~18世紀に遡る。中心には聖ロクスに捧げられた礼拝堂がある。
城の村 · アジョワ
標高580メートル、森に覆われた高みのあいだで、プルジューズは一本の道に尽きる。村は城のまわりに生まれた。城は14世紀末にバーゼル司教領に移り、1980年の火災のあと建て直された。
遺産的景観 · ザンクト・ガレン
ザンクト・ガレンの入り口、ブルッゲン周辺で、8.2キロの遊歩道が18世紀から20世紀の橋18本を結ぶ。1780年の木橋、1811年の石橋、そして1910年に開通した高さ100メートルの鉄道高架橋。ジッター川の樹林に覆われた峡谷を抜けていく。
ヴュイイのワイン村 · フリブール州
Prazは1484年までムルテン領主領に属していた。貴族的な酒造家の館が、この地に国家的重要性の指定をもたらした。1981年以降、毎年9月末にヴュイイの収穫祭がここで開かれている。
ライン河畔の町 · アールガウ州
1638年と1678年の二つの戦いがこの名を負い、1744年にはフランス軍が町を落として城壁を壊した。年の暮れごとに、1541年の誓いから生まれた兄弟会が町の泉の前で歌う。
国境の町 · バーゼル・シュタット
10.86平方キロメートルに22,534人。四分の一が森、四分の一が農地で、北からドイツ国境が回り込む。リーエンは大きな村であり、同時にバーゼルの郊外でもある。
クリュニーの村 · ヴォー
旧修道院聖堂サン・ピエール・エ・サン・ポールが、ノゾン谷底の坂道数本を見下ろす。929年頃クリュニーに委ねられたこのロマネスク教会は、今日では改革派の礼拝堂であり、国の重要文化財である。
オー地方の村 · ヴォー
1073年から1085年頃にクリュニー修道院を中心に築かれたルージュモンには、11世紀のロマネスク様式の教会と、木彫りの建造年を刻んだシャレーが残る。2017年からスイスの最も美しい村協会の一員。
村とクリュニー修道院 · ベルン
クリュニー修道院長ユーグが派遣した2人の修道士により11世紀半ばに設立され、1075年にはすでに記録があるリュエギスベルク修道院は、計画された5つの後陣を持つ教会が完成することなく、1484年に廃止された。
中世の城塞集落 · ヴァレー州
主塔は城壁の外に立つ。城の丘が狭すぎて収まらなかったからである。ふもとの石切場は1873年から縞模様の大理石を産し、シャルル・ガルニエは翌年それをパリのオペラ座に敷かせた。
ローヌ川の関門・ヴァレー州
990年にはすでに記録されていたヴィア・フランチジェナの宿駅であり、総督城とローヌ川に架かる12世紀の中世の橋によって守られていたこの町は、1693年に焼失したが、1798年にはヴァレー州で最初に自由の木を植えた。
ぶどう作りの村 · ヴォー州
水際にあった元の村は、563年のトーレデュヌムの崩落で失われた。高い場所に建て直された村は、1517年から1521年にかけて建てられた教会のまわりに集まる。その地下にはローマ時代の遺構が残る。
中世の小都市 · ジュラ州
ベネディクト会修道院を核として育ち、ロマネスクの参事会教会と回廊、14世紀から16世紀の市民住宅を残す。標高440メートル、森の崖と川に挟まれ、孤立を脱したのは1877年のことだった。
宗教施設 · バーゼル・シュタット
標高522メートルのディンケルベルクに立つ、バーゼル・シュタット準州でもっとも高い場所にある教会。塀で囲まれた墓地と1840年創設の宣教団の建物群を見下ろす。71段の階段を上ると展望台があり、ヴォージュ山脈、シュヴァルツヴァルト、ジュラ山脈、アルプスを望む。
尾根の村 · アッペンツェル
地名は1200年ごろにSlatteと記され、斜面の牧草地を指していた。アッペンツェルへの道路は1898年にようやく通じ、教会は1912年6月12日に献堂された。集落はISOSの目録に0391番で載る。
ミューテン峰麓の州都・シュヴィーツ
スイス屈指の美しいバロック広場である中心広場は、大ミューテン(1899メートル)と小ミューテン(1811メートル)の麓に広がる。シュヴィーツは1291年以来、連邦最古の文書を収める。
古戦場の町 · ルツェルン州
1386年7月9日、ゼンパッハの戦いでルツェルン軍とその同盟軍がハプスブルク家を破った。1393年にはこの地でゼンパッハ協約が結ばれた。町は2017年、旧市街の保存によりヴァッカー賞を受けた。
村 · グラウビュンデン州
930年にはすでに記録に現れるSentは、イン川の上、標高およそ1,440メートルの段丘にある。家々はスグラフィットと、村の名を取った反り返った切妻をもち、その下の斜面は段々に均され、生け垣で区切られている。
メゾルチーナの村 · グラウビュンデン
46.4平方キロメートルに324人、その半分以上が森。岩の張り出しに立つ紅白縞の鐘楼をもつ教会と、フレスコの残る旧宿坊。ソアッツァは上下メゾルチーナの蝶番にあたる。
シュタンザーホルン山麓・ニトヴァルデン州
1798年9月、フランス軍は州の抵抗への報復としてここで414人の住民を殺害した。その中には約百人の女性と26人の子どもが含まれていた。今日シュタンスは航空産業でも知られ、ピラタス・エアクラフト社の工場がある。
エンガディンの集落 · グラウビュンデン州
タラスプに中心はない。集落はイン川右岸に散らばり、城を戴く岩丘を囲む。宗教改革に移った谷のただ中でカトリックにとどまり、1803年までオーストリア領だった。
高山牧草地の集落 · ヴォー・アルプス
1270年には記録があるこの集落は、1719年にグリヨンとともに焼失した。五十七軒の小屋が再建され、約三十軒が今日まで残る。電力網に接続されておらず、ISOSに登録され、1970年に自治体が署名した自然保護地役権により守られている。
温泉施設 · アールガウ州
1670年の洪水で埋もれ、1691年に対岸で見つかった硫黄泉。そこから湯治施設と庭園と礼拝堂が生まれ、1761年にはヘルヴェティア協会の最初の会合がここで開かれた。
村 · アペンツェル・アウサーローデン州
Trogenは1597年にアペンツェル・アウサーローデン州の州都となり、広場のまわりには繊維交易によって1747年から1809年にかけて建てられたツェルヴェガー家の館が並ぶ。ランツゲマインデ(州民集会)は1997年に廃止されるまでここで開かれていた。
修道院の島 · チューリヒ湖
オットー1世は965年、この島をアインジーデルン修道院に与えた。聖ペトロ・パウロ教会は1141年に献堂された。騎士ウルリヒ・フォン・フッテンはここに逃れ、1523年に没した。2012年、この地の保護指定が建築家ペーター・ズントーによるレストラン計画を阻んだ。
ベーデリの小都市 · ベルン州
アーレ川の北岸、インターラーケンの対岸に築かれたこの町は1364年と1470年の二度焼け、ベルンは中央に町役場を据えて再建させた。丸太積みの家並みは17世紀から19世紀のものである。
旧ガス工場 · チューリッヒ州
1898年に開業し1909年まで拡張されたシュリーレンのガス工場は、1日最大25万立方メートルのガスを生産したのち、1974年に閉鎖された。そのガスタンクには現在、博物館と稼働可能な蒸気機関がある。
ロルツェ川沿いの旧紡績工場、ISOS遺産
この施設群はロルツェ川沿いに位置し、川の水力がかつて紡績工場のタービンを動かしていた。ハーゲンドルン発電所の堰は今も川に残り、近くには道路橋と木造橋がある。
村 · ヌーシャテル州
城は通路を扼する岩を占め、集落は1330年ごろその足元に築かれ、参事会教会は1505年に献堂された。1853年、ここで記載された地層がヴァランジュ階の名の由来となった。
城塞の町 · ザンクト・ガレン州
市場権はこの地で1289年から記録されている。Werdenberg伯爵領は幾度も所有者を変え、1517年にグラールス州へ売却された。1803年にザンクト・ガレン州へ編入。城では1985年から音楽祭が開かれている。
運河で分かれた村 · グラールス/ザンクトガレン
リント運河はツィーゲルブリュッケを二つに分ける。チューリッヒ、クール、ラッパースヴィルへ向かう鉄道の結節点である駅はザンクトガレン側にあり、村そのものはグラールス側で、1833年創業でISOS遺産目録に登録されたフリッツ&カスパー・イェニー紡績工場を中心に広がる。